鯛のあらを巡る東西の差異は、単なる名称の違和感に留まりません。使用する醤油の種類と加熱のアプローチに、それぞれの風土が生んだ食の美学が色濃く反映されています。
関西風の「あら炊き」は、鮮度の良さを前提とした引き算の美学です。水を使わず、たっぷりの清酒とみりん、砂糖、そして薄口醤油(または色の淡い濃口)を用いて、強火の泡立ちの中で一気に仕上げます。煮込み時間はわずか10分程度。身の内側に塩気を浸透させすぎず、ふっくらと蒸されたような白身の繊細な風味を、表面にまとわりついた煮汁の照りで味わう設計です。
対する関東風の「あら煮(煮付け)」は、力強い足し算の調和を誇ります。濃口醤油とみりん、多めの砂糖をベースにし、場合によっては溜まり醤油を加えて深みのある鼈甲(べっこう)色に仕上げます。煮汁をしっかり身に含ませ、冷めても旨味がぼやけない濃厚な味わいは、白米をかきこむおかずや、辛口の江戸前日本酒を受け止める酒肴として発達してきました。
武士の気風が育んだ濃醇な江戸の味と、公家や商人文化の中で素材の持ち味を最優先にした上方の味。一皿の鯛のあらは、日本の東西食文化論を象徴する雄弁な証言者といえます。