かつ久無庵を語る上で欠かせないのが、切り口が淡いロゼ色に輝く「ピンクの断面」です。初めて目にする客からは「本当に火が通っているのか」と驚きの声が上がるほどですが、これこそが熟練の職人による緻密な温度管理の賜物です。
高温で揚げない「低温調理×余熱」の職人技
一般的なとんかつ店では170度〜180度の高温でカラッと揚げる手法が主流ですが、かつ久無庵では110度〜120度前後の低温の純正ラードを使用し、通常の倍以上の時間をかけてじっくりと熱を伝えていきます。低温で揚げることで肉繊維の急激な収縮を防ぎ、豚肉本来の旨味成分と肉汁を内部に閉じ込めます。
さらに、油から引き上げた後もすぐには包丁を入れず、数分間休ませて「余熱」で中心部まで均一に火を通します。この工程により、衣は白っぽく上品なサクサク感を保ちながら、噛み締めた瞬間に歯がスッと入る、まるで高級ローストポークのようなしっとりとした食感が生まれるのです。
「特上ヒレかつ」と「特上ロースかつ」の決定的な違い
使用される豚肉は、その時期に最も状態の良い厳選された国産銘柄豚(主に鹿児島県産の黒豚や地元・群馬県産の最高級銘柄豚、さらには希少な「東京X」などが登場することもあります)です。なかでも二大看板となっているのが以下のメニューです。
- 特上ヒレかつ(シャトーブリアン部位):1頭の豚からわずかしか取れない中心部分のみを使用。脂身がほとんどないにもかかわらず、パサつきとは無縁の驚異的なみずみずしさを誇ります。
- 特上ロースかつ:きめ細やかな赤身と、融点が低く口の中でサラリと溶ける甘みの強い脂身のバランスが絶妙。低温揚げによって脂のくどさが抜け、最後まで重さを感じさせません。
旨味を最大化する「薬味・塩・ソース」の黄金比率
極上の肉質を味わうため、テーブルには複数の調味料が用意されています。常連客やグルメ通が実践している食べ方の順番には明確なセオリーがあります。
最初の1切れは、何もつけずにそのままか、備え付けの「岩塩(または結晶塩)」をひとつまみ乗せて食べるのが鉄則です。塩が豚肉の脂の甘みを劇的に引き立て、低温揚げならではの香りの良さをダイレクトに感じられます。2切れ目以降は、レモンや生わさび・からしを添えたり、フルーティーな甘口ソースとスパイシーな辛口ソースをブレンドしてすり胡麻と合わせるなど、1皿の中で多彩な味の変化を楽しむことができます。