中大兄皇子が詠んだ和歌の数々は、血生臭い暗殺劇や権謀術数に彩られた「大化の改新の主導者」という一面的な歴史像を鮮やかに覆してくれます。そこにあるのは、自らの激しい感情の揺らぎに戸惑い、露見する恋心に身を焦がし、洗練された言葉の力で人間関係の調和を図ろうとした、極めて人間味あふれる実像です。
略奪愛という後世のドラマチックな色眼鏡を外し、古代の制度と過酷な政治力学のなかで彼らが交わした言霊に耳を澄ませるとき、千年前の歌は今を生きる私たちにとっても、孤独や他者との距離感に葛藤する普遍的な人間の祈りとして深く胸に響いてきます。