こうしたキュレーションを長期間にわたって受動的に消費し続けると、受け手の認知には大きなバイアスが生じます。世界中が日本に憧れ、敬意を払い、自国の遅れを恥じているという「親日外国人」幻想です。
現実に目を向ければ、2026年の国際社会における日本の立ち位置はよりシビアかつ複眼的に評価されています。円安を背景とした観光地としての人気や文化コンテンツの魅力は高く評価されているものの、ジェンダーギャップ指数の低さ、デジタル化の遅れ、気候変動対策への消極姿勢、労働生産性の課題など、厳しい批判に晒される場面も少なくありません。
まとめブログが作り出す「居心地の良いエコーチェンバー」に安住することは、日本が直面する現実の課題や、世界が向ける冷静な視線を見失うリスクを孕んでいます。外国人のコメントを無邪気に喜ぶこと自体は害のない娯楽かもしれません。しかし、それが「世界の総意」であると錯覚した瞬間、国際対話のための客観的な羅針盤は狂ってしまいます。