那須温泉の起源は飛鳥時代の西暦630年、狩野三郎行広が見失った白鹿が温泉で傷を癒やしている姿を発見したことに遡ります。その源泉を祀る那須温泉神社の参道沿いには、古くから長期滞在を前提とした湯治宿が密集し、昭和期には独特の活気を帯びた木造温泉街が形成されていました。
しかし、近年の観光需要の短期化や後継者不足により、歴史ある民宿の廃業が相次ぎました。板敷きの廊下や格子戸を残す味わい深い木造建築群が、そのまま老朽化した空き家として残存する景観破壊と防災リスクは、長年の地域課題となっていました。源泉かけ流しの濃厚な硫黄泉を誇る日帰り温泉「鹿の湯」には年間数十万人の入浴客が押し寄せる一方、温泉街の宿泊キャパシティと回遊性が著しく低下するという構造的矛盾が生じていたのです。
この宿命的な空洞化を打開すべく立ち上がったのが、地元で長年ホスピタリティ事業を担ってきた有限会社松葉と那須平和台管理です。「温泉街そのものをひとつの滞在空間として再生する」という決断が下されました。