『花束を君に』を語る上で避けて通れないのが、宇多田ヒカルの実母であり、稀代の歌姫であった藤圭子さんの存在です。2010年からの「人間活動」と銘打った活動休止期間中、2013年に最愛の母の自死という壮絶な悲劇に見舞われた宇多田ヒカル。約6年の沈黙を破り、復帰作として2016年春に発表されたのが本作でした。
歌い出しの「普段からメイクをしない君が薄化粧した朝」というフレーズは、一見すると朝の日常風景を描いた叙情詩のように思えます。しかし、多くの音楽批評家や当時のロングインタビューが示唆するように、これは「死化粧(ラストメイク)」を施された母との永遠の別れの朝を暗示していると解釈されています。
悲痛な別れを真正面から告白しながらも、楽曲全体は軽やかで優しいアコースティックな響きに満ちています。恨みや絶望ではなく、「どんな言葉並べても 真実にはならないから」と語り、言葉の限界を受け入れた上で手渡す「花束」。それは、愛憎や葛藤を超越した先にある、母への究極の愛と感謝の証に他なりません。