ネット上の掲示板やSNSでは、買収の表面的な見出しだけを捉えて「老舗の終焉」などと短絡的に語られるケースが散見されます。しかし、ここには業界構造に対する大きな誤解があります。
第1の誤解は、「異業種による買収=伝統の破壊」というステレオタイプです。かつてバブル期や平成の不況期には、買収先が無理な合理化を進めて宿の個性を潰す事例も見られました。しかし現代のM&Aにおいては、「その宿が持つ独自のブランド価値と地域文化こそが最大の資産である」という認識が定着しています。買い手側が独自色を押し付けるのではなく、現場の職人や仲居の技術をリスペクトして運営を委ねる手法が主流です。
第2の誤解は、大和屋本店単体の問題と捉える視点です。道後温泉本館が長期間にわたる保存修理工事を終えて全館営業を再開し、松山市全体が国内外の観光客誘致に本腰を入れる中、地域の旗振り役となる大型旅館が倒産や廃業に追い込まれることは、地域経済にとって致命的な打撃となります。今回の経営権譲渡は、道後温泉全体の観光インフラを守り抜くための「攻めの延命・再生策」であったと評価するのが妥当です。