増位山太志郎(本名・澤田昇)は、父である先代・増位山大八郎(元大関)の血を受け継ぎ、名門・三保ヶ関部屋に入門しました。父子二代にわたる大関昇進は、大相撲の歴史においても極めて稀有な快挙として今なお語り継がれています。右四つからの上手投げや緻密な技を武器に土俵を沸かせる一方、彼のもう一つの天賦の才が「歌声」でした。
1972年に「そんな女のひとりごと」でレコードデビューを果たすと、瞬く間に大ヒットを記録。さらに1974年にリリースされた「そんな夕子にほれました」はミリオンセラーを達成し、力士でありながら歌番組のチャートを席巻するという前代未聞の社会現象を巻き起こしました。力士のレコード吹き込みは当時珍しくありませんでしたが、現役大関が本格的なムード歌謡歌手として商業的な成功を収めた事例は唯一無二です。
| 時期・年代 | 主な出来事・活動実績 | 特筆すべき記録・社会的影響 |
|---|---|---|
| 1970年代〜1980年 | 大相撲で大関へ昇進/並行して歌手活動 | 「そんな夕子にほれました」がミリオンセラー、日本有線大賞などを受賞 |
| 1981年〜2013年 | 現役引退、年寄・三保ヶ関を襲名し部屋を継承 | 大関・把瑠都をはじめとする数多くの関取を育成し、名門部屋を率いる |
| 2013年以降 | 日本相撲協会を定年退職、本格的に歌手活動へ復帰 | コンサート活動やデュエット企画、ちゃんこ店の経営で精力的に活動 |