大河ドラマ降板というキャリア最大の危機は、いかにして北海道・富良野への移住、そして伝説の名作誕生へと繋がっていったのか。激動の歩みを年表にまとめました。
| 時期 | 出来事・制作動向 | ドラマ界・倉本聰への影響 |
|---|---|---|
| 1974年 前半 | 大河ドラマ『勝海舟』放送開始。渡哲也の病気降板、松方弘樹への交代。 | 制作陣との演出・脚本修正対立が頂点に達する。 |
| 1974年 夏 | 倉本聰氏が『勝海舟』を途中降板。執筆現場から姿を消す(いわゆる失踪)。 | NHKから事実上の絶縁通告を受け、東京のテレビ界で孤立。 |
| 1974年 秋 | フジテレビ系列で『6羽のかもめ』を執筆・放送開始。 | 落ちぶれた劇団員を通じ、テレビ業界の虚飾と内幕を痛烈に風刺。 |
| 1977年 | 東京を完全に引き払い、北海道・富良野市へ移住。 | 都会の消費文明と決別し、大自然の営みと人間の根源を見つめ直す。 |
| 1981年 | フジテレビ系列で連続ドラマ『北の国から』放送開始。 | 国民的大ヒットを記録。日本ドラマ史に刻まれる金字塔が完成。 |