平穏な家族の日常に暗い影を落としたのが、博恵さんを襲った病魔でした。死因は肺がん。発見された時点で進行しており、長期にわたる闘病生活を余儀なくされました。
過酷な抗がん剤治療や入退院が続く中、博恵さんは弱音を吐くことなく病気と向き合い続けました。新沼さんも多忙な歌手活動の合間を縫って病院へ通い詰め、献身的に妻を看病しました。前述の「デビュー35周年のコンサートに病院から駆けつけた」というエピソードは、夫の記念すべき瞬間を何としても見届けたいという、博恵さんの強い気力と愛情の証でした。
しかし、願いも虚しく2011年9月、博恵さんは家族に看取られながら62歳で旅立ちました。東日本大震災の発生から半年後、夫の故郷である岩手県大船渡市が被災し、新沼さんが復興支援に奔走していた時期とも重なります。悲痛の極みにありながらも、新沼さんは妻の誇り高き生き様を胸に、ステージに立ち続けました。