観光地としての成立と軍事利用の歴史は、知林ヶ島が持つ地理的特異性の裏返しでもあります。以下の記録は、自然現象としての砂洲の性格と、戦時下における指宿海軍基地との関わりを時系列で整理したものです。
| 時代区分 | 島の機能と周辺の軍事・観光動態 | 歴史的遺産・現場の残存物 |
|---|---|---|
| 1941, 1944年 | 指宿海軍航空基地の拡充。対潜哨戒および湾口防備の拠点として機能。知林ヶ島周辺は波除けの要害となる。 | 沿岸部の水上機スリップ(斜面)建設、海軍防空砲台の配置 |
| 1945年4, 6月 | 沖縄戦に伴う水上特攻作戦。夜間に82名の搭乗員が知林ヶ島沖から出撃。島周辺も米艦載機の銃爆撃を受ける。 | 島内監視所・壕跡、沿岸地下壕群、特攻戦没者名碑 |
| 1950, 1990年代 | 基地跡地の民間転用(ホテル敷地等へ)。島は未開発の無人島として自然景観が保全される。 | 基地地下司令部跡の埋設、哀悼の碑建立 |
| 2000年代, 現在 | 「モーセの道」「縁結びの島」として観光資源化が進む一方、知林ヶ島上空ルポ等を通じた戦跡再確認の機運が高まる。 | チリンズベル設置、指宿海軍航空基地哀悼顕彰碑の整備 |