大衆が愛したドラマの物語は、時に現実の境界を曖昧にし、生身の人間に対して勝手な理想を押し付ける。松本潤と井上真央を巡る20年間の「結婚待望論」は、まさに昭和から平成、令和へと移り変わる日本の芸能消費文化が生み出した巨大なファンタジーだった。
しかし今、両者が歩んでいるのは誰かの脚本に従った生き方ではない。松本潤はエンターテインメントの革新に人生を捧げるトップランナーとして、井上真央は己の表現とプライベートを大切にする表現者として、それぞれが確固たる独立した人生を歩んでいる。公式発表のないゴシップの波に惑わされることなく、彼らが選んだ自立の道とその表現活動をありのままに見届けることこそが、今求められている視点である。