洋館と直結する和館は、大工棟梁・大河喜十郎の手によるものです。かつては洋館を遥かに凌ぐ規模を誇り、総建坪は550坪にも及んでいましたが、現在残されているのは主に冠婚葬祭や集会に用いられた大広間の一画です。洋館から靴を脱いで和館の畳敷きへと歩みを進めた瞬間に漂うヒノキの香りや、伝統的な書院造りの意匠は、西洋化を推し進めながらも日本人の美意識を根底に保ち続けた岩崎家の暮らしぶりを今に伝えています。大広間の板絵襖には、明治画壇の巨匠・橋本雅邦が描いたとされる荘厳な山水画が残されています。
建物の南側に広がる広大な芝庭は、明治期に誕生した和洋折衷庭園の先駆けです。この地はもともと江戸時代、越後高田藩榊原氏の中屋敷でした。コンドルと岩崎家は、かつての大名庭園に配置されていた巨大な庭石や石灯籠を巧みに残しながら、広大な西洋風の芝生広場へと改修しました。庭園の端から洋館を振り返ると、青々とした芝生と端正な木造洋館が完璧な調和を見せ、訪れる人々に明治のパノラマを体感させてくれます。